千住の高札場と関札所

 高札場は江戸幕府の法令規則などを一般の人々に知らせるために各所に設置されました。

千住では現在の千住仲町の旧道が旧区役所前通と交差する南西の角に設置されていました。

当時の様子でいえば熊谷土手の南側下で土手に沿って北側には江川が流れ千住小橋が架かっていました。

街道をはさんだ反対側には一里塚があり旅人が憩う広場になっていたようです。

土手の北側には問屋場があり千住宿の中心の事務所を形成していました

その前は飛脚宿と馬寄せ場で千住宿の輸送と通信の業務の中心がここにあった重要地点でした。

千住宿の高札場は高さ一丈(3m)正面一丈六尺四寸(4m92cm)奥行五尺(1m50cm)

と記録されています。

基礎は石の土台がおかれ差し掛けがつき木の柵で囲われたかなり大きな施設だったようです。

郷土資料館発行の資料に収められた神奈川大学の

復元した高札場の写真です千住の高札場のイメージも

このようなものだったのでしょう。

ここに各種のお触書が掲示され多くの市民がそれを読みにきた

と思われます。

千住宿の公的情報の中心でした。

これを模ったものが千住ほんちょう公園の

入口左側にあります。

学問的な復元品ではありませんのでよろしくお願いします。

 

高札場と似たような施設に関札所があります。

これは本陣の利用状況を知らせるもので宿の両側にありました。南側は河原縄手のところ。

つまり今の京成ガードの付近、北側は茶釜橋のところ今の千住新橋の下のあたりに設置されました。

ここには千住本陣脇本陣の利用者が掲示され他の大名や高官がかち合わないようにまた

知らないで宿内に入って宿泊中の大名や高官に無礼が無いように知らしめる意味もあったようです。

大きさも性質上巾はかなり小さかったようです。